終活支援・永代供養のご相談なら淡路島 洲本市の寺院
高野山真言宗 西泉寺
〒656-1326 兵庫県洲本市五色町鮎原下693-1
淡路四国八十八カ所霊場 第43番札所 本尊 大日如来
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古い時代にはほとんどの人が、霊山には常に大いなるエネルギーを内に秘めた、自然の霊気が立ち込めており、死という事実によって肉体を離れた精霊たちは、その山気に触れて、再び新しい生命体として復活し、次第に浄化され、やがては祖霊と合一するものと信じていました。
先山の「団子ころばし」は、いつの頃か定かではありませんが、その精霊たちのいわば死出の山路を遮る悪霊たちに「団子(今はおにぎり)」を背を向けたまま肩越しに投げころばして、それに注意を向けさせることによって、この世からあの世にいる精霊の手助けをすることに端を発しています。
亡くなって三十五日目に、故人はその良心の審判者である閻魔大王の前で、その生前の諸々の行為の告白、懺悔などをします。閻魔さまはその背後にある「浄玻璃(水晶)の鏡」にその全てを映し出し、その告白が事実かどうかを見分ける役割を持っています。
他方「お地蔵さん」として親しまれている地蔵菩薩さまには、その罪業の軽重に応じて苦しんでいる人々を何とか救う役目があります。
つまり端的に言えば、来世の幸福を左右すると信じられている地蔵菩薩さまと、その化身とされる閻魔大王の縁日(三十五日)に、親族が相集い、山中林間にさまよう無縁の霊たちのために団子(食べ物の代表)を奉仕することにより、その善行を故人に振り向け、滅罪の一端を担おうとする仏教的行事へと変化して、今日に至ったと考えられます。
この行為は、仏さまや先祖さまにお茶やご飯をお供えすることと同じで、科学的非科学的などという次元を離れて、自分自身の心の在り方が根本的な問題とされています。
仏教の基本は自己の利害を超えた、他者に対する深い思いやりです。死者儀礼であっても、それは生きている私たちのためでもあることを、改めて考える必要があります。
-抜粋- 千光寺住職談